2023年9月24日日曜日

2023年09月24日 第4主日礼拝 希望、祝福を受け継ぐ人格

招詞
 聖徒たちよ。主をほめ歌え。その聖なる御名に感謝せよ。いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。             詩篇30篇4~5節
 
聖書箇所
ペテロ第一3章8節

説教
希望、祝福を受け継ぐ人格 銭谷幸器(録画説教)


言(こと)ローグ/508 トーヴ④ 苦難の時の
 あなたはいつくしみ深くあられ、いつくしみを施されます。苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。あなたの御口のおしえは、私にとって幾千の金銀にまさるものです。               詩篇119篇68、71~72節

 私たちだれもが経験する苦しみの中にも神の善があることを心に刻みたいと思います。東日本大震災によって多くの方々が犠牲になりました。災害に会われた方の苦しみは今も、そしてこれからも続きます。
「苦難」には必ず意味があります。しかしその意味はすぐに掴むことはできないかも知れませんが、意味があることを私たちは聖書を通して知ることができるのです。意味を見出し得なければその苦しみから学ぶ事や大きく飛躍したりすることはできません。苦しみの経験をした人それぞれが自分にとっての苦難の意味、苦しみの意義を見出すとき、そこには喜びが湧き上がり、生きる力さえもが溢れてくると思います。
上記み言葉の下線部はトーヴと派生語の訳です。ここでの作者はすでに苦しみを乗り越え、意味を見出すことができたので、このようなすがすがしいことを告白しているのですが、新共同訳では単なる「苦しみ」ではない、「卑しめられた」のだと解釈していて、バビロン捕囚の経験に繋がります。(続く)                   (銘形「神の善(トーヴ)」から一部引用」

2023年9月17日日曜日

2023年09月17日 第3主日礼拝 神の子羊イエス

招詞
 ほむべきかな、主。まことに主は私の願いの声を聞かれた。主は私の力、私の盾。私の心は主に拠り頼み、私は助けられた。それゆえ私の心はこおどりして喜び、私は歌をもって、主に感謝しよう。                                 詩篇28篇6~7節
 
聖書箇所
ヨハネの福音書1章29

説教
神の子羊イエス 菅孝雄神学生

言(こと)ローグ/508 トーヴ③ 良いものを拒む不信仰
 しかし、あなたがたは(良い地に)登って行こうとせず、あなたがたの神、主の命令に逆らった。 そしてつぶやいて言った。「主は私たちを憎んでおられるので、私たちをエジプトの地から連れ出してエモリ人の手に渡し、私たちを根絶やしにしようとしておられる。私たちはどこへ上って行くのか。私たちの身内の者たちは、『その民は私たちよりも大きくて背が高い。町々は大きく城壁は高く天にそびえている。しかも、そこでアナク人を見た』と言って、私たちの心をくじいた。」                               申命記1:26~28

 残念ながら、カレブとヨシュアたちを除けば、イスラエルの民は、神のトーヴ(よいもの)を受け取る信仰がありませんでした。人を恐れ、神の約束と現実の狭間で信仰は萎えてしまったのです。自分の力の現実、弱さの現実、無能な現実が神の祝福の約束を実現させなくしているのです。神の約束を握って、信仰によって立ち上がる必要があります。カレブが民を沈めて言ったことばはこうでした。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずできるから。」(民数記13:30)私たちもカレブのように、またヨシュアのように、神の約束を信じて、前に置かれている神のトーヴを自分のものとして進んでいくものにならせていただきたいと思います。
                       (銘形「神の善(トーヴ)」から一部引用」)

2023年9月10日日曜日

2023年09月10日 第2主日礼拝 教会のチャレンジ ⑲ エルサレム教会 2

招詞
 主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちの砦(とりで)。だれを私は怖(こわ)がろう。                            詩篇27篇1節
 
聖書箇所
使徒の働き21章20節~40節

説教
教会のチャレンジ ⑲ エルサレム教会 2 田口勇新牧師

説教動画はこちら:

音声のみはこちら:MP3音声ファイル


言(こと)ローグ/507 トーヴ(良きこと)②
 ハレルヤ。主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。
                                    詩篇106篇1節

 神の「トーヴ」は、自然界を通して(一般啓示)も、神を求める者たちに愛の形で(特別啓示)も全ての民族に降り注いでいます。神の愛は、恵、憐れみ、忍耐として聖書に記されています。 具体的に見ましょう。
▷「そこには確かに乳と蜜が流れています。そしてこれがそこの果物で す。」 (民数記 13:27)
▷「私たちが巡り歩いて偵察した地は、すばらしく、良い地だった。(中 略)あの地は、乳と蜜が流れる地だ。」 (民数記 14:7- 8節)
ヨシュアが、ヨルダン川の西に斥候を遣わした時期は、8月か9月頃であったと思われます。4月頃から半年はイスラエルではほとんど雨の降らない乾季ですが8月から実りの秋が始まります。斥候たちはぶどうが一房ついた枝を切り取り、それをふたりが棒をかつぐようにして帰って来ました。ぶどうだけでなく、ざくろやいちじくも枝ごと切り取って持ち帰りました。そしてイスラエルの会衆にそれを見せたのです。
神が良いお方であるゆえに、それにふさわしい土地が賦与されるということです。イスラエルの民に与えられた土地は「良い地」でした。新約の私たちに与えられているものは、メシア・イエスによる霊的な祝福ですが、いずれも「良いもの」です。さて、民の反応はどうだったでしょうか。(続く)                     (銘形「神の善(トーヴ)」から一部引用)

2023年9月3日日曜日

2023年09月03日 第1主日礼拝 教会のチャレンジ ⑱ エルサレム教会1

招詞
主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。 だれを私はこわがろう。                                  詩篇27篇1~2節
 
聖書箇所
使徒の働き21章1節~17節

説教
アルネ諸教会のチャレンジ⑱  エルサレム教会1 田口勇新牧師

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音声のみはこちら:MP3音声ファイル

言(こと)ローグ/506 トーヴ(良き業)
 神は乾いた所を地と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神はそれを見て良し(トーヴ)と見られた。                           創世記1章10節

 神の「トーヴ」が聖書の中で最初に登場するのは天地創造の出来事においてです。創世記1章には神の「トーヴ」が7回。ちなみに、2章には5回。3章には3回と使われています。
まず、ここで創世記1:4をフォーカスしてみます。現代訳では、この部分を「神が一声、『光は、出て来い』と仰せられると、光が出て来た」と訳しています。そして、「神はそれをご覧になって、満足された。」と訳しているのです。
「トーヴ」というヘブル語を「良しとする」という言い方ではなく、神の目に、神のみこころに「満足する」ものであったと訳している名訳です。パウロは、これを引用して「『光がやみの中に輝け』と言われた神は、キリストの御顔にある栄光の知識を理解させてくださったのである。」(Ⅱコリント4章6節)と、これも現代訳です。神のトーヴを、イエスさまを通して理解させてくださった神様に感謝しましょう。         (銘形「神の善(トーヴ)」から一部引用」)