2019年11月24日日曜日

2019年11月24日 第4主日礼拝 エステルのチャレンジ

招詞
主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。まことに主は渇いたたましいを満ち足らせ、飢えたたましいを良いもので満たされた。        詩篇107篇1、9節

聖書箇所
エステル記2章1~18節 

説教
エステルへのチャレンジ 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/314  光の祭りとクリスマス

 すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。    ヨハネの福音書1章9節

 紀元前2世紀、悪王エピファネスは占領したエルサレムで、神殿にゼウスの偶像を持ち込み、豚を捧げる礼拝を強要しました。ユダヤ人は、この圧政に反乱を起こし、BC165年にエルサレムを取り戻し、神殿を聖めましたが、これをハヌカー(奉献)と呼んでいます。
 こんな話があります。「エピファネス一派は、神殿の燭台(メノラー:図)を点(とも)す油の壷をみな汚した。しかし神殿解放の日、やっと1つの油壼が封印されたまま見つかった。油はわずか1日分にも満たなかったが、点(とも)してみると何と8日間も燃え続けた。」この奇跡を記念してハヌカーは、祭日とされました。ですから、ハヌカーは別名、「光の祭り」とも呼ばれますが、8枝のメノラーを使います。
 今年のハヌカーは、12/22~30の8日間でクリスマスの時期と重なります。歴史的に別物ですが、年中行事として近年盛んになったのは、キリスト教の影響なしとは言えません。

2019年11月17日日曜日

2019年11月17日 第3主日礼拝 歴史を支配する神

招詞
だれが【主】の大能のわざを語り、そのすべての誉れをふれ知らせることができよう。幸いなことよ。さばきを守り、正義を常に行う人々は。             詩篇106篇2~3節

聖書箇所
エステル記1章1節~22節 

説教
歴史を支配する神 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/313 神名(しんめい)
 見よ。主が彼(ヤコブ)のそばに立って、こう言われた。「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫に与える。」                             創世記28章13節

 旧約聖書では、神名は、8つの語いで訳されています。訳語別に見ると、神(エロヒーム)、主(ヤーウェとアドナーイ)、神(エール)、いと高き方(エルヨーン)、いと高き神(エール・エルヨーン)、全能の神(エル・シャダイ)、ご覧になる神(エール・ロイ)です。
 このうち、主と訳されている、ヤーウェは、上記、夜の夢の中でヤコブに現れた主です。この時のヤコブは、兄エサウとの確執で彼に憎まれ、逃げるようにして砂漠の中、800キロも離れた親戚のところに向かう孤独な若者でした。神の救済史のマスタープランのためにヤコブが用いられます。主は、イエスさまのように、彼に近寄り、かたわらに立ち、寄り添う姿勢を見せてヤコブを励ましたのです。主イエスさまは、抜け道の無いような困難の中で途方に暮れている私たちにも近寄り、そばに立って導いてくださいます。イエスと一緒に進みましょう。
                              (銘形「神の名」を一部引用)


2019年11月10日日曜日

2019年11月10日 第2主日礼拝 神の憐みと終末

招詞
主の聖なる御名を誇りとせよ。主を慕い求める者たちの心よ喜べ。主とその御力を尋ね求めよ。絶えず御顔を慕い求めよ。                       詩篇105篇3~4節

聖書箇所
ダニエル書12章1~13節 

説教
神の憐みと終末 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/312 探る(ハーカル) 

事を隠すのは神の誉れ。事を探るのは王たちの誉れ。             箴言25章2節

 神は、歴史の中で神のご計画を少しずつ明かされます。これを啓示と呼びます。丁度よいときまで開示されないことも沢山ありました。それも神の誉れであると箴言の知恵者は言います。しかし、王たちは、こぞって「探る」のでこれが誉だと言っています。「探る」は、「ハーカル」で、徹底的に調べて隠された事柄を見つけるという意味です。これが神の代理者である王の務めであるとすれば、同じく「王であり祭司(Ⅰペテロ2:9)」として召された私たちクリスチャンもこの使命を理解する必要があります。それは神の豊かな知恵を、教会を通して「この世ばかりでなく、天にある支配と権威」に対して示すためなのです。神が隠している秘密を見つけるという使命が教会に与えられているのです。み言葉をハーカル(探る)することにもっと多くの時間と力を注ぎませんか?なぜなら、それが私たちの誉れともなるのですから、最も価値ある時間の使い方ですね。
                           (銘形「聖書を横に読む」より引用)

2019年11月03日 第1主日礼拝 終わりの日の幻②

招詞
私は生きているかぎり、【主】に歌い、 いのちのあるかぎり、私の神にほめ歌を歌いましょう。私の心の思いが神のみこころにかないますように。 私自身は、【主】を喜びましょう。
                                詩篇104篇33~34節
聖書箇所
ダニエル書11章21~12章3節

説教
終わりの日の幻② 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/311 シャカイナ・グローリー ②

 第二年目の第一月、その月の第一日に幕屋(ミシュカーン)は建てられた。そのとき、雲は会見の天幕をおおい、【主】の栄光が幕屋に満ちた。モーセは会見の天幕に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、【主】の栄光が幕屋に満ちていたからである。
                             出エジプト40:17、34~35

 エジプトを脱出したイスラエルの民は、ちょうど一年後に、神の山ホレブの麓に「幕屋」を建造します。この幕屋建造のためには多くの材料が必要でした。イスラエルの人々はそのために、エジプト脱出の際に持ってきた(エジプトからはぎ取った)多くのものを自ら進んでささげました。完成した時、モーセは幕屋建造のすべてが「主が命じられたとおり」になされたことを確認して、彼らを祝福しました。その時です。シャカイナ・グローリー(主の栄光の光)が幕屋全体を覆ったのです。 
 神と人とが共に住むという「幕屋」は、神の永遠のヴィジョンである「聖なる都、新しいエルサレム」(黙示録21:2~4)の型です。幕屋には、神と人とが共に住むという神のご計画、神のみこころとその御旨と目的が、神の栄光を秘めた形で表されているのです。とすれば、それを知るためには、目に見える「幕屋」についても詳しく学ぶ必要がありますね。幕屋(ミシュカーン)は、神の臨在のしるしで、イスラエルの民は幕屋と共に進みました。イエス様は、私たちと共におられますので、私たちも日々イエス様と歩むのと似ています。
                         (銘形「聖書における光」より一部引用)