MTさんの証

実は、私は22才頃から近くの教会に通っていました。
その頃、職場の人間関係(いじめ)、友人の人間関係(裏切り)、又親子の関係(干渉)など、いろいろ悩み傷つき苦しんでいました。
神様は、ある日、忙しく仕事をしている毎日の中、私の背中を押してくれる御言葉を示してくれました。
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ」(伝道者の書12章1節)。
そして、同時に神様は、私の心に語りかけました。
それは「おまえは、信じる道と、信じない道の、この2つの道があるのなら、どちらを選ぶのか?」。
その時私は、不思議と素直に、信じるというのがあるのならその道を選びたいと心から思うことができました。
この思いも、神様が背中を押してくれたからです。
又、聖書の箴言を読んでいる時のことです。
神様は私の心を開いて下さり、私の罪を、はっきりと示して下さいました。
自分がいかに愚かで、自己中心の生き方をしていたか、そのことを示し、御言葉が心の中を刺し通し、砕かれていきました。
私の魂は、深い闇の中へ沈んでいたけれど、神様は、光の方へ引き上げて下さいました。
25才の12月、クリスマス礼拝の日、恵みの洗礼にあずかることができました。
その日、改めて十字架に釘づけされているイエス様が、私のためだったことが分かりました。
最後にこの御言葉で終わりたいと思います。
「このみこころに従って、イエス・キリストの体が、ただ一度だけささげられたことにより、私たちは聖なるものとされているのです。」(ヘブル人への手紙10章10節)

 
Hさんの証

私は、学生時代に友人に誘われ、横浜にある教会に初めて行きました。

それまで自分はこの世に何のために存在しているのか悩み、本を読みましたが、答えを見つけることができませんでした。

教会に行き聖書にふれ、人は、神によって造られたことを知りました。

今まで自分は自分のものと思っていたことが、人間は神様によって造られた神のものである、その人間一人一人を、神様は「私はあなたを愛している。あなたは私の目には高価で尊い存在だ。」と云われました。

私は聖書の中に答えを見つけ出し、クリスチャンになりました。