2025年2月22日土曜日

2025年02月23日 第四主日礼拝 主イエスの友①  アンデレとヨハネ

招詞
 神よ、諸国の民があなたをほめたたえ、諸国の民がみな、あなたをほめたたえますように。国々の民が喜び、また喜び歌いますように。それはあなたが公正に諸国の民をさばき、地の国民を導かれるからです。                            詩篇67篇3~4節

聖書箇所
ヨハネの福音書1章35~41

説教
主イエスの友① アンデレとヨハネ 田口勇新牧師

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言(こと)ローグ/580 互いに仕えあう ③

 それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。               ペテロへの手紙第一4章10節

 孫ふたりが、学校でミュージカルのオーディションを受けましたが、手にしたのは「花」の役でした。しかし、ふたりは友だちが大役を射止めたことにエキサイトしていると言います。自分の結果に落胆する以上に、友人の喜びを共有しているのだそうです。
 キリストのからだもこうでなくてはいけません。どんな教会にも「主要な役」という立場があり、また、不可欠なのに目立たない立場もあります。「主要な役」につけなくても、ついた人たちを励まし、自分の「目立たない役」を忠実に果たしましょう。
 神の贈り物で重要でない物はありません。神にいただいた各々の賜物を、神の栄光のために忠実に用いている教会を想像してください。そこには必ず喜びがあります。 
                       (D・ブラナン 「自分の役割」から一部引用)

2025年2月16日日曜日

2025年02月16日 第三主日礼拝 神の前に義しい人に

招詞
 国々の民よ。私たちの神をほめたたえよ。神の誉れをたたえる声を響き渡らせよ。神は、私たちのたましいを、いのちのうちに保ち、私たちの足を揺るがされない。    詩篇66篇8~9節

聖書箇所
ガラテヤ人への手紙2章15~21

説教
神の前に義しい人に 田口勇新牧師

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言(こと)ローグ/579 互いに仕えあう ②

 見よ。なんという幸せ、なんという楽しさだろう。兄弟たちが一つになって、共に生きることは。                                 詩篇133篇1節

 この詩篇の作者は、「兄弟たちが一つになって、ともに生きることは…頭の上にそそがれた尊い油のようだ。それはひげに、アロンのひげに流れて衣の端にまで流れ滴る」(詩篇133:1-2)と言っています。この時代、頭に塗る聖油には色々な香料が含まれていたので、油を塗られた人の周りにはかぐわしい香りがただよいました。
 私たちは互いに愛し、互いに仕えることで一致します。その一致が、私たちの家族や教会、また交友関係の中に、かぐわしい香りのような恵みをもたらしますように。 みんな仲良しというクリスチャンの交わりは、自然にイエスの甘い香りを漂わします。
                  (ジョー・ストウェル 「互いに仕えあう」から一部引用)

2025年2月9日日曜日

2025年02月09日 第二主日礼拝 雨降って地固まる

招詞
 幸いなことよ。あなたが選び、近寄せられた人、あなたの大庭に住むその人は。私たちは、あなたの家の良いもの、あなたの宮の聖なるもので満ち足ります。         詩篇65篇4節

聖書箇所
ガラテヤ人への手紙2章11~14

説教
雨降って地固まる 田口勇新牧師

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言(こと)ローグ/578 互いに仕え合う

 しかし、あなたがたは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神のものとされた民です。それは、あなたがたを闇の中から、ご自分の驚くべき光の中に召してくださった方の栄誉を、あなたがたが告げ知らせるためです。                  ペテロの手紙第一2章9節

 神と教会には特別な結びつきがあり、神は教会にご計画を持っておられます。教会は、建物でなく、信者のエクレシア(集合体)です。教会は、上記の下線部のように様々に例えられます。キリストを信じる者は、神のあわれみをいただき、一人ではありません。「愛する者たち」(11節)と呼ばれる人々の家族に迎えられるのです。
 さて、本題です。このことは、キリスト者同士の接し方にどう関わってくるのでしょうか。神にとって尊い存在である者同士、お互いを大切にし、配慮し合う必要があります。ペテロの手紙第一 4章8~11節は、神の家族の一員として、「互いに熱心に愛し合い」(8節)、「不平を言わないで、互いにもてなし合い」(9節)、「賜物を用いて互いに仕え合う」ことで、全てにおいて神が尊ばれるようにしなさいと促しています(10~11節)。特に「互いに仕え合う」ことは、イエスさまが一番喜ばれることです。
                     (A.ジャクソン 「神の民は神のもの)より一部引用)

2025年2月2日日曜日

2025年02月02日 第一主日礼拝 受け入れられたパウロ

招詞
 私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、ゆるがされない。            詩篇62篇1~2節

聖書箇所
ガラテヤ人への手紙2章1~10節


説教
受け入れられたパウロ 田口勇新牧師

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言(こと)ローグ/577 礼拝も命がけ ② 北朝鮮

 神の愛から私たちを引き離すことができるものは何一つない、と確信しています。死もいのちも、そんなことはできません。天使にもできません。地獄の全勢力が結集しても、神の愛から私たちを遠ざけることはできません。恐れも、不安も同様です。 
                      ローマ人への手紙8章38節 リビングバイブル


 <平壌リバイバル> 1907年1月に平安南道で聖書を学ぶ集まりが2週間に渡って開かれ、通声祈祷や懺悔も相次ぎました。それも横領、殺人、強姦など、墓場まで持っていくべき自分の犯罪行為を、何百人もの民衆の前で告白し、許しを請うたのです。このことは全国に広がり、プロテスタント信者が急速に増え朝鮮半島にキリスト教が広がり、定着する大きなきっかけとなりました。
<地下教会> ところが、日本の植民地支配から解放された後の1945年、北朝鮮のトップの座についた金日成は、自らがクリスチャンの家の出であるにもかかわらず、キリスト教の弾圧を開始し、処刑や投獄が相次いだのです。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は昨年5月、現地の情報筋からの情報として、「順川(スンチョン)市の東巌里(トンアムリ)で、午前5時ごろに集まって聖書を読んでいた5人の男女が秘密警察に踏み込まれて現行犯逮捕され、家宅捜索の結果、数十冊の聖書に関する冊子が押収された。」と報じました。韓国政府が発表した「2023年北朝鮮人権報告書」は熾烈(しれつ)な迫害の様子を報じています:「2019年に平壌市で秘密裏に教会を運営していた団体が摘発され、5人が公開処刑され、7人は政治犯収容所に送られ、30人は労働教化刑(長期の懲役刑)を受け、家族を含む関係者50人が強制追放された。」 朝鮮戦争時に拉致された韓国人は数十万人とも言われ、戦後も3,835人が拉致されていて、消息はつかめていません。隣国北朝鮮国民のために祈りましょう。迫害下で信仰を守っているクリスチャンのために祈りましょう。拉致被害者の家族のためにも祈りましょう。

2025年1月26日日曜日

2025年01月26日 第四主日礼拝 礼拝の民

招詞
 心に恐れを覚える日、私はあなたに信頼します。神にあって、私はみことばをほめたたえます。神に信頼し、私は何も恐れません。肉なる者が私に何をなし得るでしょう。 詩篇56篇3~4節

聖書箇所
コロサイ人への手紙2章6~7、19b

説教
礼拝の民 田口勇新牧師


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言(こと)ローグ/576 礼拝も命がけ

 神の愛から私たちを引き離すことができるものは何一つない、と確信しています。死もいのちも、そんなことはできません。天使にもできません。地獄の全勢力が結集しても、神の愛から私たちを遠ざけることはできません。恐れも、不安も同様です。
                       ローマ人への手紙8章38節 リビングバイブル

 シリアのクリスチャンは、2000年代初めには人口の10%にあたる150万人でしたが、昨年12月7日まで50年間も続いたアサド父子政権下の迫害で、激減し、昨年の統計では五分の一の30万人(うちプロテスタントは37,000人)に減少しています。この50年間、礼拝に出席し、信仰生活を守るのは命がけでしたが、主イエスの愛と恵みの中で守られ、信仰はかえって強くされています。シリアでは、キリスト教徒の多くはアレッポ、ハマー、ラタキアなど北部と地中海沿岸部に暮らしています。あの使徒時代のアンテオケ(図中カップ印:現トルコ領)由来のキリスト教徒も健在です。現在、イスラム教徒よりもキリスト教徒の方が初等教育では高い水準にあり、多くの専門職に就いていますからシリアの将来にクリスチャンの影響力は大きくなっていくでしょう。
 それでも新しく樹立した政府は、イスラム色の強い国際的にはテロ組織と言われていた人たちから成っています。また一枚岩でもありませんから、キリスト教を敵視しないと新政府が明言したにも拘わらずこのクリスマスにアレッポの町に飾られた大クリスマスツリーが焼き討ちにあっています。いずれにしてもアラブ人クリスチャンが増えて、社会的には周りと協調しながら成長できるように、神さまからの知恵が与えられるように祈っていく必要があります。
                   (WEBLIO「シリアのキリスト教」などより一部引用)

2025年1月19日日曜日

2025年01月19日 第三主日礼拝 パウロの『スタート』 までの日々

招詞
 神は、われらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある強き助け。それゆえ、われらは恐れない。たとえ地が変わり、山々が揺れ、海のただ中に移るとも。       詩篇46篇1~2節

聖書箇所
ガラテヤ人への手紙1章18~24

説教
パウロの『スタート』までの日々 田口勇新牧師


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言(こと)ローグ/575 恵みに囲まれて

 主に信頼する者は、恵みがその人を囲んでいる。           詩篇32篇10節b

 巨大な看板広告が目に飛び込んできました。そこには、真っ赤な背景に白抜きで「今年、頑固が原因でたくさんの男性が死亡するでしょう」とでかでかと書かれています。これは、中年男性に定期健診を受けるように促す看板広告で、街のあちこちに作られたそうです。中年男性の定期健診受診率は低く、早期発見であれば治せる病気で亡くなる人が多いのだそうです。
 この詩篇は、罪という霊的な病について語ります。この病の治療法は、率直に罪を認めて悔い改めることです。最初の1-5節には、罪を隠しているがゆえの苦しみと、罪を告白して赦された解放感や喜びが綴られています。
 続いて、困難なときに神の助けを乞い(6-8節)、神の導きを求めることを、神は私たちに望んでおられると語ります。「わたしは、あなたが行く道で、あなたを教え、あなたを諭(さと)そう。あなたに目を留め、助言を与えよう」(8節)と、神が言われているからです。それなのに、罪を悔い改めて、神の導きに従おうとしないなら、自分の頑固さがせっかくの神の助けを邪魔することになります。
 罪にしがみつくのはやめましょう。謙虚に罪を認めて悔い改めるなら、「恵みが、その人を取り囲む」と聖書は語っています(10節)。
               (ダビデ・C・マカスランド 「恵みに囲まれて」より一部引用)

2025年1月12日日曜日

2025年01月12日 第二主日礼拝 イエス、二つの驚き

招詞
 幸いなことよ、弱っている者に心を配る人は。わざわいの日に、主はその人を助け出される。主は彼を見守り、彼を生かし、地上で幸せなものとされる。どうか、彼を、敵の意のままにさせないでください。                             詩篇41篇1~2節

聖書箇所
ルカの福音書2章40~52

説教
少年イエスに、二つの驚き 田口勇新牧師

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言(こと)ローグ/574 神の愛に答える3つのステップ


 誰に対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことは別です。他の人を愛する者は、律法の要求を満たしているのです。        ローマ人への手紙13章8節

 イエスを30歳で信じた後も多くの疑問がありました。聖書を読みだすとさらに疑問は増え、友人に言いました。「神の命令に全従うなんて、どうしたらできるの? 今日も夫に八つ当たりしちゃったのに。」友人は言いました。「とにかく聖書を読んで、イエスが愛して下さったように人を愛せますように、と聖霊にお願いして。」その単純かつ深淵(しんえん)な真実は、20年以上経った今も、神の偉大な愛のサイクルに従って生きることを助けてくれます。
 このサイクルには3つのステップがあります。まず、① 愛はキリスト者の生活の中心です。次に、② キリスト者の従順は、「互いに愛し合う」ということです。「他の人を愛する者は、律法の要求を満たしている」(ローマ13:8)からです。最後に、③ 「愛は隣人に対して悪を行わない」ので(13:10)、私たちは律法の要求を満たしているのです。
                  (ソキト・デキソン「神の愛のサイクル」より一部引用)

2025年1月5日日曜日

2025年01月05日 第一主日礼拝 今年は良くなる? 悪くなる?

招詞
 主はこの口に授けてくださった。新しい歌を、私たちの神への賛美を。多くの者は見て恐れ、主に信頼するだろう。幸いなことよ。主に信頼を置き、高ぶる者や、偽りに傾く者たちの方を向かない人。                                詩篇40篇3~4節

聖書箇所
第二テモテ3章12~17

説教
今年は良くなる? 悪くなる? 田口勇新牧師

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言(こと)ローグ/573 恵みを受けた後

 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。                        ルカの福音書2章20節

 イギリスのケンブリッジにあるキングスカレッジの礼拝堂で行われるクリスマス・イブ礼拝は、その年もBBCラジオで生中継されました。集まった会衆の姿を表現したアナウンサーの言葉にはっとさせられました。彼は、「この人たちは、恵みの時から踏み出して、現実の世界へと戻って行きます」と述べました。
 2000年前の羊飼いたちも似た経験をしました。彼らは「恵みのとき」によって変えられました。彼らは現実の羊の世話をする世界に戻っていきましたが、その心はイエスの良き知らせを運びました。その口は、イエスの良き知らせを告げました。恵みを受けた後の仕事場は前と変わって見えました。
 クリスマスコンサート、クリスマス礼拝・祝会、イヴのキャンドル礼拝で恵まれ、元旦礼拝で知己との再会を喜び、そして今日の新年礼拝に参加し、私たちも今、現実の世界に戻ります。しかし変わっているのは、この期間、主からの恵みを受けたほっこりとした心です。羊飼いたちのように心はイエスの良き知らせを運びましょう。その口で、イエスの良き知らせを告げましょう。新年もこの心を持ち続けていきましょう。