2020年11月29日日曜日

2020年11月29日  第1アドベント礼拝 インマヌエルの主イエスさま

招詞
 心を尽くして私はあなたに感謝をささげます。恵みとまことのゆえに御名に感謝します。私が呼んだその日にあなたは私に答え、私のたましいに力を与えて強くされました。 
                                  詩篇138篇1~3節 

聖書箇所
マタイの福音書1章18節~25節
イザヤ書7章14節

説教
インマヌエルの主イエスさま 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/364 夢と預言者
 ヨセフは立って幼子とその母を連れてイスラエルの地に入った。しかし、アルケラオが父ヘロデに代わってユダヤを治めていると聞いたので、そこに行くのを恐れた。さらに、夢で警告を受けたので、ガリラヤ地方に退いた。
                             マタイの福音書2章21~22節

 マタイの福音書 1:20、2:12、13、19、22では、夢で神の御心がヨセフに伝えられます。イスラエルに預言者の活動がなかった時代、つまり、族長アブラハムの時代には夢で神は後に起こることを語り、かつ警告しました。しかし、預言者たちが登場するようになってからは、夢による啓示はなくなります。ところが、預言者マラキを最後にヨセフたちの時代まで預言者は途絶えています。そして、ヨセフの時、再び神様は夢を通して、今度は、はっきりと救い主の登場にかかわる預言が成就するためと踏みなおしをなさいます。「天の御国」(神の恵みによるすばらしい統治)を告げ知らせるべく真の預言者であるイエスの出番がやって来たのです。私たちには、神からの手紙である聖書があるので、ヨセフのように夢を見て神の御心を求める必要はありませんし、いつでも、聖書から神の御心を探ることができます。幸いなことですね。
                        (銘形「アドベントの瞑想」より一部引用) 

2020年11月21日土曜日

2020年11月22日 第4主日礼拝 大きなワニ、ファラオ

招詞
 主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。主の恵みはとこしえまで。神の神であられる方に感謝せよ。ただひとり大いなる不思議を行われる方に。       詩篇136篇1~2、4節 

聖書箇所
エゼキエル書29章1節~21節

説教
大きなワニ、ファラオ 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/363 イエスに留まる②

 「来なさい。そうすればわかります。わたしに従って来なさい。」
                             ヨハネの福音書1章39、43節 

 イエスは、「御国の福音」を宣べ伝えるために、その最初の働きとして弟子たちを呼び出されました。その弟子たちは、ユダヤ当局から「無学のただの人」と呼ばれたように、この世で評価される者たちではありませんでした。
 イエスは、群衆を決して無視しないにしても、次第に、「ただの人」であっても学ぶ意欲のある少数の弟子たちの訓練に専念するようになります。
 イエスの方法は、弟子を選抜して召しただけでなく、少数の弟子たちと「ともにいる」ことでした。つまり、弟子たちが「天の御国の奥義を知ること」(マタイ13:11)を許されたのは、弟子たちに師であるイエスと「ともにいる」「とどまる」という親しい交わりをもたせるためであったのです。
 聖霊という真の教師が与えられるまで、弟子たちが知り得たことは限られていましたが、イエスと寝食を共にしてその教えを聞いていたことが重要であったのです。
 私たちは皆、聖霊という真の教師をいただきながら、主イエスさまと共にいることができます。感謝しつつ歩んでいきましょう。 
                       (銘形「一滴の雫シリーズ」より一部引用) 

2020年11月14日土曜日

2020年11月15日 第3主日礼拝 ツロ王国と闇の支配者

招詞
 見よ。なんという幸せなんという楽しさだろう。兄弟たちが一つになってともに生きることは。それは頭に注がれた貴い油のようだ。それはひげに、アロンのひげに流れて衣の端にまで流れ滴る。それはまた、ヘルモンからシオンの山々に降りる露のようだ。     詩篇130篇13節

聖書箇所
エゼキエル書28章1節~26節

説教
ツロ王国と闇の支配者  田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/362 イエスに留まる
 彼ら(弟子たち)は言った。「ラビ(訳すと、先生)、どこにお泊まりですか。」 イエスは彼らに言われた。「来なさい。そうすれば分かります。」そこで、彼らはついて行って、イエスが泊まっておられるところを見た。そしてその日、イエスのもとにとどまった。
                             ヨハネの福音書1章38~39節

 弟子たちがイエスとともにいることで、御国の福音のすべてを理解できるわけではありません。しかしイエスの近くにいることによって、イエスにとどまることによって、その可能性は大きく開かれていたのです。教会の集会に出席し、多くの事柄を学びつつも、理解できない事柄が多くあるかもしれません。しかし、その場にいて、耳にしていることが重要なのです。そのときには理解できなくとも、やがて聖霊の助けによって神の奥義を理解するようになるからです。コロナ禍でも集会やYoutubeでみ言葉を聞くことはとても大事ですね。 (銘形「一滴の雫シリーズ」より引用) 

2020年11月8日日曜日

2020年11月08日 第2主日礼拝 ツロ王国の最後

招詞
 主が、私たちのために大いなることをなさったので私たちは喜んだ。涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取る。種入れを抱え泣きながら出て行く者は、束を抱え 喜び叫びながら帰って来る。                             詩篇126篇3、5~6節 

聖書箇所
エゼキエル書27章1節~36節

説教
ツロ王国の最後 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/361 漁師たち
 イエスは、ペテロとアンデレに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」彼らはすぐに網を捨てて従った。  マタイの福音書4章19~20節 

 マタイの福音書によれば、イエスは、ゼベダイの子ヤコブとヨハネにも声を掛けて弟子として招きます。そして彼らもすぐに網を捨ててイエスに従ったことを記しています。エレミヤ書16:14~16を読むと、イエスの最初の弟子となった者たちが漁師であったということには必然性があったように思えます。「漁師」という語彙が持つ概念は、漁(すなど)る(新改訳2017では、「捕まえる」)ことです。見よ、その時代が来る ──主のことば──。そのとき、『イスラエルの子らを、北の地から、彼らが散らされたすべての地方から上らせた主は生きておられる』と言うようになる。わたしは彼らの先祖に与えた彼らの土地に彼らを帰らせる。 見よ。わたしは多くの漁夫を遣わして──主のことば──彼らを捕まえさせる。それから、わたしは多くの狩人を遣わして、あらゆる山、あらゆる丘、岩の割れ目から彼らを捕らえさせる。マタイの福音書とエレミヤ書の共通点は、神様の救いのマスタープランの達成にむけて、罪の結果、神の道から迷い出たイスラエルを神が呼び戻すために預言者や、主イエスの弟子たちを招き寄せ、天の御国の道に彼らを招き案内する働きに着かせたことです。私たちにとっての御国への案内状は、預言者や主の弟子たちが霊感により筆記した聖書のみ言葉であり、教会のクリスチャンたちでした。感謝しましょう。
                       (銘形「一滴の雫シリーズ」より部分引用) 

2020年11月1日日曜日

2020年11月01日 第1主日礼拝 旧友だったツロ王国も

招詞
 主に信頼する人々は、シオンの山のようだ。揺るぐことなくとこしえにながらえる。エルサレムを山々が取り囲んでいるように、主は御民を今よりとこしえまでも囲まれる。
                                  詩篇125篇1~2節

聖書箇所
エゼキエル書26章1節~21節

説教
旧友だったツロ王国も 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/360 心の準備
 イエスはそこから進んで行き、マタイという人が収税所に座っているのを見て、「わたしについて来なさい」と言われた。すると、彼は立ち上がってイエスに従った。 マタイの福音書9章9節

 心の準備など一切ないと思われるところでも、イエス様は、人の想像を超える圧倒的な、はかりがたい権威をもって人を召し出されます。マタイ9:9でも、イエス様が収税人マタイをご覧になって、「わたしについて来なさい。」と一言、言っただけで、彼はすぐに立ち上がって従ったとあります。今日、メシアニック・ジュー(ユダヤ人クリスチャン)と言われる人の多くはそのような招きを受けるようです。それゆえ、彼らの多くが親から勘当されると言います。イエス様の招きに即座に従うということは、きわめて不思議な出会いと言えますが、それは神が彼らをずっと以前に選び分けられていたからだと言えます。使徒パウロのようです(ローマ1:1参照)。福音を聞いた時、聖書の知識も心の準備もなく、イエス様を信じる決心をした方もおられるでしょうか。神様は、しかし、すでに私たちを知っておられたということを驚きと感謝をもって受けとめましょう。 
                          (銘形「一滴の雫シリーズ」より引用) 

2020年10月24日土曜日

2020年10月25日 第4主日礼拝 宗教改革記念礼拝 ルターの伝えた信仰

招詞
 主はあなたを守る方。主はあなたの右手をおおう陰。昼も日があなたを打つことはなく、夜も月があなたを打つことはない。主はすべてのわざわいからあなたを守り、あなたのたましいを守られる。                                詩篇121篇5~7節 

聖書箇所
ローマ人への手紙3章1節~28節

説教
ルターの伝えた信仰 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/359 キリストの流された血
 
 すべての人は、キリスト・イエスによる贖いを通して、価なしに義と認められるからです。
                            ローマ人への手紙3章24~25節

 ルターに信仰義認の目を開かせた聖句です。キリストの流された血潮は、過越しの記事に照らすと、神のためのものです。出エジプト記11章の過越しの夜の場面を想像してください。「わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう」(出エジプト11:12, 23)ということばです。主がエジプトの地を打つために行き巡られるとき、かもいと二本の門柱にある血をご覧になれば、主はその戸口を過ぎ越され、その中にいる者たちには滅びのわざわいは起こらないという約束です。この約束を民は信じてそのようにしたので、さばきから免れることができたのです。ここに、血は、人のためにではなく神のために提示されました。というのも、血はかもいと柱に塗られていたので、家の中で食事をしている人には見えなかったからです。「神がその血を見られて」そこを過ぎ越されたのです。この神は、新約時代に生きる私たちにとっても同じ神です。傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの尊い血をご覧になられたときにご自身の義を満足させ、人の罪に対する神の怒りはなだめられたのです。キリストの血はそのような力を持っているのに気づいておられましたか。                    (銘形「ローマ3:24解説」より引用) 

2020年10月18日日曜日

2020年10月18日 第3主日礼拝 神の民をあざける国々

招詞
 私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るのか。私の助けは主から来る。天地を造られたお方から。主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方はまどろむこともない。
                                  詩篇121篇1~3節 

聖書箇所
エゼキエル書25章1~17節

説教
神の民をあざける国々 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/358 主の定め

 私は主の定めについて語ろう。主は私に言われた。『あなたはわたしの子。わたしが今日、あなたを生んだ。・・・』                            詩篇2篇7節 

 御国の奥義を悟るための5つのポイントです。この奥義を悟ることは、「主の定め」を理解するということです。なぜなら、メシア詩篇と言われる詩篇2篇7節に、「私は主の定めについて語ろう」とあるからです。ここの「私」とは、御子イエスのことです。つまり、「主の定め」とは、御国(神の国)の秘められたご計画とみこころ、御旨と目的を意味しています。 
 主の定めの中味です。「御国の奥義」のたとえは、
① イエスが語り、そして実現・完成されるもの。
② 神のご計画とみこころ、御旨と目的にそって理解すべきこと。
③「すでに」(初臨)と「いまだ」(再臨)という終末的緊張関係の中で理解すべきこと。
④ 聞く者に信仰的決断を促していること。
⑤ 御国の民となる者とそうでない者とを分けると教えていること。 
 これらのポイントを基に、マタイ13章1~51節にある「天の御国の奥義」の全体を少なくとも3度は読み、そこから受ける印象を味わってみたらいかがでしょう。
                          (銘形「一滴の雫シリーズ」から引用) 


2020年10月10日土曜日

2020年10月11日 第2主日礼拝 10月10日が来る

招詞
 主よ私はあなたの救いを慕っています。あなたのみおしえは私の喜びです。私のたましいが生き、あなたをほめたたえますように。             詩篇119篇174~175節

聖書箇所
エゼキエル書24章1~27節

説教
10月10日が来る 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/357 耳のある者は聞きなさい
 そのとき、正しい人たちは彼らの父の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい。                             マタイの福音書13章43節

 マタイ13章34~43節にあるイエスの5つのたとえ話説教の続きです。先週のことローグに書いたように、この5つのたとえは、内容から、キアスムス(くさび型)構造になっていて、イエス様の強調点は中心の部分が、上記43節にあるということでした。 
 この部分の34~43節の聴衆は二組に分かれます。34~35節の部分が「群衆」に対してで、しかもこの話は家の外で語られたものです。36~43節の部分は「イエスの弟子たち」に対して語られたもので、家の中で、弟子たちの質問に答えて語られたものです。しかも、その最後には、13章9節にあった「耳のある者は聞きなさい」というフレーズがあります。 
 特に、マタイは「耳のある者は聞きなさい」の「耳のある者」とは、みことばを聞いてそれを悟る人のことです。何を悟るのかが問題です。聞いて悟る者が実を結ぶのです。それが御国の奥義なのです。私たちが御国の奥義を悟るとはどういうことでしょうか。 
 この奥義を聞いて悟る者、実を結ぶ者にならせていただきたいものです。次回は、御国の奥義のたとえが含む5つの事柄について学びます。       (銘形「一滴の雫シリーズ」から引用)