2021年9月25日土曜日

2021年09月26日 第4主日礼拝 イサク家族の危機

招詞
 神は馬の力を喜ばず、人の足の速さを好まれない。主を恐れる者と、み恵みを待ち望む者とを主は好まれる。主は地に仰せのことばを送り、 そのみことばは速やかに走る。
                             詩篇147篇10~11、15節

聖書箇所
創世記27章1節~45節

説教
イサク家族の危機 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/406 管弦楽と賛美
 ダビデはレビ人の長たちに命じて、、彼らの同族の者たちを歌い手として任命し、琴(十弦の琴)、竪琴、シンバルなどの楽器を手に、喜びの声をあげるようにさせた。 
                                 第一歴代誌 15章16節

 第一歴代誌15章17~28節には、ダビデの時代の賛美の様子をうかがわせる記述があります。まず、アサフ、ヘマン、エタン(エドトン)の3人の賛美リーダーがいます。彼らは、青銅のシンバルを持って歌ったことが記されています(20節)。十弦の琴と声楽は、アラモテ(ソプラノ)に合わせて、八弦の琴はオクターブ低い音域です。そしてラッパを吹き鳴らす祭司たちの一団がいます。現代の楽器でいえば、弦楽器、木管楽器、打楽器の伴奏で賛美する事になります。
同書25章7節には、「主にささげる歌の訓練を受けた・・彼らはみな達人だった。」とあります。賛美を担う者たちに、熟練した力、すなわち霊的な能力や奏楽の技能を要求し育てました。それが、ソロモンの時代に開花しました。
3,000年後の現代、私たちは、いろいろな楽器に会わせて「喜びの声を上げて」主を賛美できる幸せを味わいましょう。

2021年9月18日土曜日

2021年09月19日 第3主日礼拝 エサウとヤコブの誕生

招詞
 主は、へりくだる者を支え、悪人を地に投げ捨てられる。主に感謝の歌を歌い、立琴に合せて、神をほめ歌おう。                          詩篇147篇6~7節

聖書箇所
創世記25章19節~34節

説教
エサウとヤコブの誕生 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/405 ミズモール(賛歌)②
 正しい者たち。主を喜び歌え。賛美は直ぐな人たちにふさわしい。立琴にあわせて主に感謝せよ。十弦の琴に合わせて、ほめ歌を歌え。               詩篇33篇1~2節

 ルターは、楽器を使って神さまを賛美することを奨励し、民衆が教会で歌えるように、母語ドイツ語で賛美する曲を作り、ダビデのビジョンを復活させようとしました。しかし、カトリック教会だけでなく、ルター派以外のプロテスタント教会の中にも偏見と抵抗がありました。教会はオルガンのみを神を賛美する楽器として認め、ルターが好んだリュートなどの弦楽器や後のピアノ、その他の楽器はサタンに属するものとみなしてきました。
 しかし現代の教会は、ダビデが目指した礼拝のように、特に、詩篇を用いた賛美歌(ミズモール)に目を留めるようになり、あらゆる楽器を用いて主を賛美するようになってきています。ダビデは、3000年も前に、祭司たちとは別にコラやアサフなど音楽の賜物のある人材を礼拝音楽に起用して、竪琴やタンバリンなどを用いて礼拝を民の喜びあふれる賛美に包まれたものと変えることに成功しました。同じように、現代の私たちの教会はもっと多くの有能な賛美を担う器たちが、多様な音楽ジャンルから起こされるように祈らなければなりません。ダビデがしたように、神をほめ歌う音楽をサタンの手から「奪還(だっかん)」しなければならないのです。                       (銘形「ヘブル語のキーワード」から一部引用)

2021年9月10日金曜日

2021年09月12日 第2主日礼拝 イサクとリベカ ②

招詞
 ハレルヤ。まことに、われらの神にほめ歌を歌うのは良い。まことに楽しく、賛美は麗しい。主は心の打ち砕かれた者をいやし彼らの傷を包まれる。          詩篇147篇1、3節

聖書箇所
創世記24章33節~67節

説教
イサクとリベカ ② 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/404 ミズモール(賛歌)①
 ダビデの賛歌(ミズモール・レダヴィド)
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われます。                              詩篇23篇1~2節

 「ミズモール」とは「楽器を伴う神への賛美」を意味します。礼拝において音楽を導入したのはダビデが最初でした。ダビデが王となってから最初にしたことは、神の契約の箱をギルヤテ・エアリムからエルサレムに運び移すことでした。そのときダビデはレビ人たちを集めて、彼らに楽器をもって神への賛美を歌うように命じました(第一歴代誌15章)。
ミズモールの動詞形ザーマルは、様々な楽器をもって主に歌い、賛美するという意味です。音楽はそれまで戦いのために、あるいは戦勝の祝い(勝利の凱旋)のために用いられていましたが、ダビデは神を礼拝するために初めて音楽(歌、および様々な楽器)を用いたのです。これは礼拝の歴史において革命的なことだったのです。
これを引き継いで、礼拝にミズモールを復活させたのは、ルターでした。当時のローマカトリック教会は、9世紀からグレゴリア聖歌を公式な聖歌として、ミサや修道院の聖務日課でラテン語だけで、聖歌隊によってのみ歌うことに決めました。楽器を禁じ、各地固有の聖歌も禁じました。しかしこれに対して、ルターは、楽器を使って歌うことを奨励し、民衆が教会で歌えるように、母語ドイツ語で賛美する曲を作り、ダビデのビジョンを復活させようとしました。ところがこれにはプロテスタント教会の中でも抵抗がありました。(つづく)
                      銘形「ヘブル語のキーワード」から一部引用)

2021年9月5日日曜日

2021年09月05日 第1主日礼拝 イサクとリベカ①

招詞
 幸いなことよヤコブの神を助けとし、その神、主に望みを置く人、主は天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造られた方。とこしえまでも真実を守り、虐げられている者のためにさばきを行い、飢えている者にパンを与える方。               詩篇146篇5~7節

聖書箇所
創世記24章1節~34

説教
イサクとリベカ① 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/403 新しい歌(シール・ハダッシュ)
 聖書の中には「新しい歌を主に歌え」という命令が多く記述されています。詩篇33篇3節、40篇4節、96篇1節、98篇1節、144篇9節、149篇1節、イザヤ42篇10節、黙示録5章9節、14章3節の9回です。神の民である教会は、その最初から歌う共同体でした。賛美なしの礼拝は考えられません。キリスト教会はこの伝統をイスラエル人の礼拝から受け継ぎました。
12あるといわれる「新しい歌」の定義のうち、5つを紹介します。
①「新しい歌」とは、その時代時代に生まれて歌われた歌のこと。
②「新しい歌」とは、新作の歌ではなく、神への救いの驚き、感謝、感動を新たな思い出歌う歌のこと。
③「新しい歌」とは、その都度、その都度、神から与えられる歌のこと。
④「新しい歌」とは、主に贖われた者(救われた者)にしか歌えない歌(賛美)のこと。
⑤「新しい歌」とは、絶えず心をリニューアルされ、新しい気持ちで歌う歌のこと。
今年のクリスマスコンサートでも「新しい歌」が歌われます。期待しながら、クワイヤのために祈りましょう。                (銘形「ヘブル語のキーワード」から一部引用)