2023年11月26日日曜日

2023年11月26日 第4主日礼拝 信仰の大盾で

招詞
 正しい人は地を受け継ぎ、いつまでもそこに住む。正しい人の口は知恵を語り、その舌は義を告げる。その心には、神のみおしえがあり、彼の歩みはよろけることがない。
                                 詩篇37篇29~31節

聖書箇所
エペソ人への手紙6章10節~18節

説教
信仰の大盾で 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/517 アドベント(待降節)の「なぜ」
 そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、キリニウスがシリヤの総督であったときの、最初の住民登録であった。    ルカの福音書2章1~2節

 今年もアドベント(待降節)が近づいてきました。アドベントの中心的鍵語は、「ベツレヘム」です。ベツレヘムで展開された6つの事象は、(1) 皇帝の勅令、(2) ミカ書の預言、(3) 東方の博士たち(バラムの預言)、(4) 羊飼いたち、(5) ダビデの町(出生地)、(6) ルツ記物語です。
「ベツレヘム」はヘブル語で「ベート・レヘム」で、「パンの家」という意味です。ということは、そこが昔から小麦や大麦などの穀物の産地だったと言えますが、それだけではなく、「ベツレヘム」は神の救いのドラマにおいて多くの秘密が隠されている地なのです。クリスマスは、イエスの生まれた事実に焦点がいくあまり、「ベツレヘム」という場所についてはそれほど注目されていません。しかしこの「ベツレヘム」という場所こそ、救いのドラマにおいてきわめて重要な神の戦略的な場所なのです。聖書にあるクリスマス物語のすべてが、「ベツレヘム」という惑星を中心に回っている衛星のように位置づけられているのです。
次週から4回にわたって「なぜ」を考えます。最初の問いは、イエスの誕生がなぜ初代皇帝の住民登録の勅令の時期であったのかということです。   (銘形「アドベントの瞑想」から部分引用)

2023年11月18日土曜日

2023年11月19日 第3主日礼拝 マルタ島へ漂着

招詞
 主によって、人の歩みは確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は転んでも、倒れ伏すことはない。主が、その人の腕を支えておられるからだ。      詩篇37篇23~25節

聖書箇所
使徒の働き27章1節~44節

説教
マルタ島へ漂着 田口勇新牧師

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言(こと)ローグ/516 霊性の回復 ①追求力
 私たちは知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。         ホセア書 6章3節 (a)

 「霊性回復セミナー」というのがあり、三つのキーワードが掲げられていました。このキーワードを養うことがこのセミナーの目的だとありましたのでご紹介します。その三つとは、① 追求力、② 静思力、③ 共生力です。
今日は、①追求力について解説します。
上記、ホセア書に「主を知ることを切に追い求めよう」とあり、新約ではパウロが「私はすでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕えようとして、追求しているのです。そしてそれを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。・・・ただこの一事に励んでいます 。」(ピリピ3:12~14、新改訳第3版)
何を追求しているのかといえば、 それは「キリストと復活の力」(3:10~11)です。それは「永遠のいのち」、あるいは「神との親しい揺るぎない愛の交わり」と同義です。これを「捕えられて、捕える」という姿勢は常に前傾姿勢であり、ある意味では狩猟的なイメージです。キリストにある成人はこのような考え方をしましょうとパウロは勧めています。
「追求力」-それは受身的な姿勢ではなく、積極的な姿勢です。牧師や講師の話を聞くだけで、「良かった、教えられた、恵まれた」と言うだけでは、神と自分との新しいかかわりをより新しく、創造的にしていくには「弱い」と言えます。むしろ、自分からみことばに向き合うことを通して、そこから何かを掘り当てるという「喜びを発見する」ことができると信じます。
                     (銘形「霊性の回復の三つの鍵語」から一部引用)

2023年11月12日日曜日

2023年11月12日 第2主日礼拝 アグリッパ王と

招詞
 主に信頼し、善を行え。地に住み、誠実を養え。主を自らの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。                         詩篇37篇3~4節

聖書箇所
使徒の働き26章1節~32節

説教
アグリッパ王と 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/515 すべてを相働かせる神のトーヴ
 神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。    ローマ人への手紙8章28節

 フランシスコ会訳は、神を「聖霊」として訳していて、「聖霊は、神を愛する人、すなわち、ご計画に従って神に召された人とともに働き、すべてが益となるように計らわれることをわたしたちは知っています。」となっています。ご聖霊がともに働いて下さることは私たちの理性ではうまく描き切れないほどに、より綿密に仕組まれているのです。しかしご聖霊がともに働いて下さる目的は、私たちのために神が下さる「益(トーヴ)」なのです。
まるで、着物の帯の美しい文様のようです。それはその帯の裏を観るなら決して綺麗ではありませんが、表から観ると実に綺麗なのです。そんな人生を、神を愛する者たち、神の御計画に従って召された者たちに、ご聖霊(神は)は描いてくださるのです。なんとすばらしいことでしょうか。そんな生涯が約束されています。それゆえ、私たちに与えられている賜物としてのご聖霊の導きに感謝して歩みたいと思います。            (銘形「神の善(トーヴ)」から一部引用)

2023年11月4日土曜日

2023年11月05日 第1主日礼拝 俗人フェリクス

招詞
 いのちの泉はあなたとともにあり、あなたの光のうちに、私たちは光を見るからです。 注いでください。あなたの恵みを、あなたを知る者に。あなたの義を、心の直ぐな人に。
                                  詩篇36篇9~10節

聖書箇所
使徒の働き24章1~27節

説教
俗人フェリクス 田口勇新牧師

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言(こと)ローグ/514 神のトーヴ ⑩ ~ 貧しい者のトーヴ
 自分のもので自分のしたいことをしてはいけませんか。それとも、私が気前がいいので、あなたはねたんでいるのですか。                   マタイの福音書20章15節

 トーヴはギリシャ語ではアガソス(良い)ですが、上記の「私が気前がいい」という部分がそれです。皆の驚きは、夕方から働いた者も、朝から働いた者と同じ手間賃を貰えたことです。社会では考えられないことが神の国では現実のことになります。夕方から働いた者たちは、「だれも雇ってくれないからです。」と主人に訴えて、職を得ました。彼らは「貧しい者」たちの代表であり、これはそれを表すたとえです。
神のトーヴは、特に貧しい者たちに対する神の賜物の無償性という形で表わされているのです。それゆえ、神の前に謙遜に自分の貧しさを知ることは祝福につながります。この「貧しさ」は、決して神の呪いではなく、むしろ、神の計り知れない恩寵を受け取ることのできる資格なのです。
そして、これこそが永遠のいのちを得るためにイエスのもとに来た金持ちの青年に欠けていた「ただひとつのこと」だったのです。律法をすべて守っているとする金持ちの青年は、「自分の生存と防衛の保障を神にのみ信頼するという貧しさ」に欠けていました。     (マタイ19:16~22)