2016年11月27日日曜日

2016年11月27日 待降節第1主日礼拝 キリストの預言者たち1

招詞
初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。 この方は、初めに神とともにおられた。                              ヨハネの福音書 1章1~2節

聖書箇所
イザヤ書7章14節
マタイの福音書1章18~23節

説教
キリストの預言者たち1 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ86/待降節(アドベント) 
「マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」                          マタイの福音書 1章21節
 「クリスマス」ー救い主の降誕祭ーをよりよく迎えるために、キリスト教会はその前の4週間を「待降節」(アドベント)として霊的な準備の期間として用いてきました。今朝が、待降節の最初の日曜日です。
ところが、毎年迎えるこの期間の過ごし方が、クリスチャンでさえも習慣的なものとなっていることは否めません。しかも日本では「師走」という最もせわしないこの時期、キリスト教会もそれに劣らずクリスマスを伝道の好機として、さまざまなイベントの準備で忙しくしています。
 市民クリスマスコンサートのように意義深い行事は、心を込めて、協力し成功させましょう。ただ、そのために本来のアドベントの意義を見失わないようにしなければなりません。この時期を意識的に、あらたな思いと期待をもって神の賜物である御子イエス・キリストを瞑想する時として心を整え、備えましょう。
神から来る静まりの中で、「ことばに表わせないほどの神の賜物(2コリント9:15)」ー御子イエスの受肉の神秘と再臨の希望ーに深く思いを馳せる時こそ、真のアドベントだと信じます。
                           (銘形「アドベントの瞑想」より一部引用)

2016年11月20日日曜日

2016年11月20日 第3主日礼拝 神の信頼に答える

招詞
主よ。まことに、正しい者はあなたの御名に感謝し、直ぐな人はあなたの御前に住むでしょう。
                                                                                                                    詩篇140篇13節
聖書箇所
ルカの福音書19章 11~27節

説教
神の信頼に答える 田口勇新牧師
言(こと)ローグ85/惜しみなく与える愛(ヘーフェッツ)
「ソロモン王は、その豊かさに相応したものをシェバの女王に与えたが、それ以外にも、彼女が求めた物は何でもその望みのままに与えた。」                      列王記I 10章13節

旧約聖書列王記に記されている、ソロモン王が、名声を聞いてアフリカからやってきたシェバの女王の手土産に惜しみなく何でもあげた、というくだりです。「ヘーフェッツの愛」は、人が神になにかを願って求めることに対して、神が喜んで良いものを惜しみなく与えようとする愛です。天の父は、信じて救われた者たちに良いものを惜しみなく与えることを何よりも喜びとされる神です。この神の惜しみなく与えようとする愛こそ「ヘーフェッツの愛」なのです。ギリシャ語のフィリア(友愛、母性愛)はヘーフェッツに近い言葉と言われますが、神の愛は無限であるのに対して人のフィリアには限界があり、また長続きしません。ヘーフェッツの愛で望まれる神様に、本当に自分が欲しいことを見極めてお願いしましょう。みこころなら与えられます。
                          (銘形 「ヘブル語のキーワード」より引用)

2016年11月13日日曜日

2016年11月13日 第2主日礼拝 人生は出会い?

招詞
わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
詩篇103篇2節

聖書箇所
ルカの福音書 19章 1~19節

説教
人生は出会い? 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ84/一方的な好意「ヘーン」
「ご主人さま。私はあなたの好意(ヘーン)にあずかりとうございます。あなたの使用人でもないのに、こんなにも親切にしていただいて・・」                         ルツ記2章13節

 祝福のことばをかけてくれたボアズに対してモアブの女ルツが、涙が出るほど感動しながら言った言葉です。へブル語の「ヘーン」は、神の人に対する一方的な好意を表すのに使われ、70人訳ギリシャ語聖書では、「カリス=恵み」ということばに訳されました。使徒パウロは、ヘーンの意味を引き継いだカリスが、救われるに値しない者に与えられる神のご好意であり、それが「福音」であると言っています。「すべての聖徒たちのうちで一番小さな私に、この恵みが与えられたのは、私がキリストの測りがたい富を異邦人に宣べ伝えるため...」(エペソ3:8)。この神のご好意(ヘーン)は、今もキリストにあって注がれていますから、神様が自分に良くしてくれることを、大胆に、遠慮することなく、「神様。宜しくお願いします」と言ってよいわけです。大切なことは、自分に与えられた福音の恵みを決して無駄にすることがないような生き方をしようと決心することではないでしょうか。                  (銘形「ヘブル語のキーワード」より引用)

2016年11月6日日曜日

2016年11月06日 第1主日礼拝 叫びをもって

招詞
主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。  
詩篇34篇8節

聖書箇所
ルカの福音書 18章35~43節

説教
叫びをもって 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ83/「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ」
新共同訳では「味わい見よ、主の恵み深さを」と訳されています。ヘブル語で「トーヴ」という形容詞が新改訳では「すばらしさ」と訳され、新共同訳では「恵み深さ」と訳されています。   詩篇34篇には他に3回も「トーヴ」が使われています。10節 「良いもの」、12節 「しあわせ」、14節 「善」です。 

 ダビデは、トーヴの多用によって、「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ」という呼びかけを深めていきます。34篇は、苦悩の炉によって練りきよめられ出てきた彼の告白だということです。王としての油注ぎ受けたのち、ダビデはサウル王の嫉みによって命からがら逃亡します。不条理な苦難の生活が始まるのです。この詩篇はその渦中の歌です。しかしそれは彼がやがてイスラエルの王としてふさわしくなるための神の訓練でした。10余年の苦難の生活を余儀なくされます。 私たちも、今、不条理の中で戦っているでしょうか?ダビデのように神のトーヴの世界に目が開かれることで、苦難の中で真の希望の光を受けることができると期待して過ごしましょう。