2019年9月29日日曜日

2019年09月29日 第5主日礼拝 舌を制すること

招詞
私は、恵みとさばきを歌いましょう。主よ。あなたに、ほめ歌を歌いましょう。私は、全き道に心を留めます。                          詩篇101篇1b~2a節

聖書箇所
ヤコブの手紙3章1~12節

説教
舌を制すること 永井創世師
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言(こと)ローグ/307 オール(光)とホフマー(知恵)

 神は仰せられた。『光、あれ。』すると光があった。            創世記 1 章 3 節

 この「光」は、私たちの目には見える光以上の「光」です。なぜなら、この 「光」は光源としての光ではなく、神が御子を通して、(世界の基が置かれる前から)「あらかじめ定められていた」神ご自身の緻密なご計画、深淵なみこころ、そして神の御旨と目的を含んだ「測り知れない重い事柄」を包んだ「光」だからです。まさに、この光は「人の心に思い浮かんだことのないもの」でした。

同じように、エペソ5:8の光(ギ:フォース)は深い意味をもちます。「あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。」
「光」は、神が天と地を創造するにあたって、やみの中から呼び出されたのですが、私たちも罪という闇の中から、イエスさまの救いの光の中に呼び出された者たちです。このことを改めて感謝し、光の子どもとして成長しましょう。次回は、光の類義語として「ホフマー」(知恵)を考えます。                        (銘形「聖書における光」より一部引用)

2019年9月22日日曜日

2019年09月22日 第4主日礼拝 「園の中央の木―創世記と礼拝―」 / 「恵みから始まる教会生活―礼拝と奉仕の四領域」

招詞
知れ。主こそ神。主が、私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊。
                                  詩篇100篇1~2節

聖書箇所
創世記2章9節

説教
「園の中央の木―創世記と礼拝― 」 銭谷幸器牧師
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「恵みから始まる教会生活―礼拝と奉仕の四領域」
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言(こと)ローグ/306 光(オールとフォース)

 「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」    詩篇119篇105節

  「光」を表わすヘブル語は「オール」で、新約のギリシア語では「フォース」です。 
 旧約の「オール」は名詞で200回、一方、ギリシア語の「フォース」は74回ですから両者ともに大事な言葉です。 
「光」という言葉を聞いて、すぐに思い起こす聖句は何でしょうか。 いくつか有名な箇所を挙げてみましょう。 
①「わたしは、世の光です。」(ヨハネ 8:12, 9:5) 
②「あなたがたは、世界の光です。」(マタイ 5:14) 
③「以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。」(エペソ 5:8) 
④「神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。」    (第一ヨハネ 1:5) 
⑤「すべての良い贈り物・・・は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。」(ヤコブ 1:17) 
 これら6箇所の光の箇所を読むだけでも、神様の光が私たちを照らし、導いてくださる経験を思い出しますね。何歳になっても光の子どもらしく歩いて行きましょう。
                        (銘型「聖書における光の概念」より引用) 

2019年09月15日 第3主日礼拝 福音の前進

招詞
新しい歌を主に歌え。主は、奇しいわざを行われた。
    地の果てのすべての者が、わたしたちの神の救いを見ている。  詩篇98篇1a,3b節


聖書箇所
ピリピ 人への手紙1章12~18節

説教
福音の前進 高橋和義牧師
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言(こと)ローグ/305 探る(ハーカル)

 事を隠すのは神の誉れ。事を探るのは王たちの誉れ。            箴言25章2節

   ここで「探る」と訳されたヘブル語は「ハーカル」で、徹底的に調べて隠された事柄を見つけるという意味です。これが神の代理者である王の務めであるとすれば、同じく「王であり祭司」として召された私たちもこの使命を理解する必要があります。 
 「あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」             第1ペテロ2:9 
 つまり、神が隠されている秘密を見つけるという使命が教会に与えられているのです。聖書のみ言葉を探り喜ぶことにもっと多くの時間と力を注ぎましょう。 (銘型「詩篇の瞑想」より引用) 

2019年9月8日日曜日

2019年09月08日 第2主日礼拝 モーセ、人生の午後に

招詞
キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住むようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、忠告しあい、詩と賛美と霊の歌により、感謝をもって心から神に向かって歌いなさい。
                              コロサイ人への手紙3章16節

聖書箇所
へブル書11章23~28節

説教
モーセ、人生の午後に 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/304 モーセ(引き上げる:モシェー)

 彼女(パロの娘)はその子をモーセ(モシェー)と名づけた。彼女は、「水の中から、私がこの子を引き出したのです」と言ったからである。           出エジプト記2章10b節

  創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記はモーセが著者であることから、モーセ五書とも呼ばれます。堕落した人間(創世記)が、救い出されて神の民とされ(出エジプト記)、神を正しく礼拝しながら(レビ記)、信仰の旅路を歩み(民数記)、やがて約束の地に向かって望み備えつつ歩む(申命記)という構造を持っています。
 五書全体は、出エジプト記の救いの光から繰り返し記術されています。そして、主イエス・キリストによる十字架の贖い、新しい契約の予型となっています。
 これは新約聖書のマタイ、ルコ、ルカによる共観福音書がやはり、イエス・キリストの復活の光からイエスの救いを記述しているのと同様です。ですから、モーセ五書を読むと、新約聖書の最大テーマであるイエスの福音がより良く理解できます。この機会にもう一度モーセ五書を読みなおしてみませんか?                              (銘型「モーセ五書」より一部引用)


2019年9月1日日曜日

2019年09月01日 第1主日礼拝 見習いたい信仰の人

招詞
 これらすべては、わたしの手が造った。それで、これらすべては存在するのだ。
ー 主のことば ー  わたしが目を留める者、それは、貧しい者、霊の砕かれた者、わたしのことばにおののく者だ。                         イザヤ書66章2節


聖書箇所
ルカの福音書7章1~10節

説教
見習いたい信仰の人  田口孝子師
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言(こと)ローグ/303 寂しい所で(エレーモス)

 「さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、
       寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。」         マルコの福音書1章35節

 エレーモスは、人気のない、静かな場所です。そうした場所を持つことは霊的にきわめて重要です。一人になれる場所で、神と過ごす時をイエスは自分の生活において何にも優って優先されていたのです。しかも十分な霊的「インプット」によって、4章31節以降に記されている忙しい働き(アウトプット)をすることができたと言えます。
 私たちは、「主の祈り」を会衆といっしょに毎週唱えています。ただ、そのシンプルな祈りはあくまでも祈りのアウトライン(概要)です。そこから、一人になってエレーモスで、本論となる祈りが生まれると思います。
 霊的な「インプット」と「アウトプット」。祈りと働き。隠遁と公現。静寂と活動。そのバランスを正しく保てていないことが今日の多くのクリスチャンの現実ではないかと思います。イエスの場合、御父との親しい交わりしての祈りのあふれが、具体的な働きとなって現わされたのです。
 私たちは、エレーモスで祈る工夫ができるでしょうか?そこでは、祈りの課題を祈ること以上の神さまとの交わり、イエスさまとの対話の場となるでしょう。
                   銘型「イエスのインプットとアウトプットのバランス」