招詞
すべての国々の民よ。手をたたけ。喜びの声をもって、神に大声で叫べ。まことに、いと高き方主は恐るべき方。全地を治める、大いなる王。 詩篇47篇1~2節
幸いなことよ、そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。 幸いなことよ、主が咎をお認めにならず、その霊に欺きのない人は。 詩篇32篇1~2節
ダビデの詩(うた)です。幸いな人は「祝福された人」の訳語です。直訳は、「そのそむき赦された人、罪を覆われた人は祝福された人」です。
ダビデの気持ちを考えると、感情的な幸せ(ハッピー)よりも深いところの喜びが伝わってきますね。主に愛され、罪赦された者の喜びを「祝福されている」という思いとともにダビデと共有できますね。
さて、次のローマ教会へのチャレンジは、他者との関係の祝福です。
「あなたがたを迫害する者たちを祝福しなさい。祝福すべきであって、呪ってはいけません。喜んでいる者たちとともに喜び、泣いている者たちともに泣きなさい。互いに一つ心になり、思い上がることなく、むしろ身分の低い人たちと交わりなさい。自分を知恵ある者と考えてはいけません。 だれに対しても、悪に悪を返さず、すべての人が良いと思うことを行うように心がけなさい。」
ローマ人への手紙12章14~17節
「無理ですよ!」と叫びたくなりますが、これが神様の設定値です。全部、願い下げしますか?
パウロは、この言葉を実行した人だと思います。そして、ローマ教会のクリスチャンたちにチェレンジしました。私たちはどうでしょうか? 「呪いの思いと言葉をやめる、人のために泣く、高ぶりを捨てる、人を優れていると思う」など、ご聖霊の力を頂ければ、まだまだ私たちにも伸びしろはあるように思いますが、いかがでしょうか?