2016年12月18日日曜日

2016年12月11日 待降節第3主日礼拝 キリストの預言者たち 3

招詞
私は見る。しかし今ではない。ヤコブから一つの星が上り、イスラエルから一本の杖が起こる。
民数記24章17節

聖書箇所
ミカ書 5章2節
マタイの福音書 2章1~6節

説教
キリストの預言者たち 3 田口勇新牧師
MP3音声ファイル

言(こと)ローグ88/平和(エイレーネー)
「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」
ルカの福音書2章14節

イエスの平和とローマの平和を比べてみましょう。
 初代皇帝アウグストは、力で敵を打ち負かし、当時の世界に平和をもたらしました。「ローマによる平和」(パックス・ロマナ)と呼ばれます。彼は、自分を神、主(キュリオス)と呼ばせ、人々は救い主とあがめました。彼自身知っていたように、彼は神ではありません。武力で平和を作りだしたのですから、地方では反乱が絶えませんでした。彼の統治こそが福音だとも言われました。しかし、ローマ市民だけが彼の平和と福音の恩恵に浴することができました。一方、イエスさまは、愛の力で、すべての人々の心に平和をもたらしました。神の御子で、真実、主(キュリオス)です。イエスさまの福音は、天の御国に入るための良い知らせでした。ユダヤ人もローマ人(異邦人)も、自由人も奴隷も、すべて天の御国に招かれました。主イエスを信じて、罪を悔い改めることだけが条件でした。
 皇帝は、ユダヤ人を含め、領内の人々を信じないで、常に監視しました。イエスさまは、弟子たちを愛し、信頼してくださいました。そして、今も私たちを愛し、見守ってくださっています。私たちも、弟子としてイエスさまを心から愛し、信頼しましょう。私たちは、困難の中でもイエスさまから心に平和をいただいていて、今日も進むことができますから感謝ですね。

(銘形 「アドベントの瞑想」より一部引用)