招詞
あなたのみことばは、私の上あごに、なんと甘いことでしょう。蜜よりも私の口に甘いのです。私には、あなたの戒めがあるので、わきまえがあります。それゆえ、私は偽りの道をことごとく憎みます。 詩篇119篇103~104節
聖書箇所
ローマ人への手紙13章11節
コリント人への手紙15章34節
エペソ人への手紙6章18節
説教
目を覚まして祈りなさい 松本章宏牧師
言(こと)ローグ/641 謙遜③ 高ぶりは謙遜の欠如から
ですから、高ぶり、すなわちこの謙遜の欠如はあらゆる罪と悪の根です。現在の堕落天使が不従順に陥って天の光から外の闇へと追放されたのは、独りよがりな自己賞賛を始めたときでした。それと同じように、へびが私たちの最初の先祖に神のようになりたいと願う高ぶりの毒をささやきかけたとき、彼らも高い地位から現在の人類が沈んでいる悲惨さへと落ちました。天においても地においても、高ぶり、すなわち自分を高めることは、地獄の門であり、地獄の誕生であり、地獄の呪いです。
したがって、私たちの贖いとは、失われた謙遜を回復すること、被造物の神に対する本来的なただ一つの真実な関係を回復すること以外の何ものでもありません。ですからイエスが来られた目的は、地上に謙遜を取り戻すため、私たちを謙遜にあずからせるため、それによって私たちを救うためです。 (アンドリューマーレー「謙遜」より。次回は「恵みが根を張る土壌」について)