2026年6月28日日曜日

2026年06月28日 第四主日礼拝 ヤロブアムとダビデ/祝福される教会のモデル

招詞
 主よあなたは正しくあられます。あなたのさばきは真っ直ぐです。義をもってあなたはさとしを与えられました。この上もない真実をもって。         詩篇119篇137~138節

聖書箇所
第一礼拝:第1列王記 12章25~33節、14章7~11節
第二礼拝:使徒の働き 2章40~47節

説教
第一礼拝:ヤロブアムとダビデ 田口勇新 牧師

第二礼拝:祝福される教会のモデル 玉井邦美 牧師

音声のみはこちら(第一礼拝):MP3音声ファイル

言(こと)ローグ/648 謙遜 ⑩ 弟子の特徴

 あなたがたのうちで、知恵があり、分別のある人はだれでしょうか。その人はその知恵にふさわしい柔和な行いを、立派な生き方によって示しなさい。 ヤコブの手紙3章13節

 私は確信しています。多くのクリスチャンがこの点について私自身とほとんど同じような経験をしてきたと告白するでしょう。つまり、私たちは長いあいだ主を知るうえで重要な点をとり逃してきました。心の柔和さとへりくだりが、弟子が師のものであることを裏付ける際立った特徴であるという点です。さらに、この謙遜はそれ自身から来るものではなく、特別な願いと祈りと信仰と実践の目標とされなければならないという点です。
 私たちがみことばを研究すると、イエスが弟子たちにこの点についてどれほど明確にまた何度も繰り返して教えておられたか、そして弟子たちが主の言われることを理解するのがどれほど遅かったことかを理解するようになります。私たちの考察のまさしく序章において、ぜひ認めようではありませんか。
 高ぶりほど、人間にとって自然なものはほかになく、私たちの目に隠れてじわじわと広がるものはほかになく、困難で危険なものはほかにないということを、ぜひ実感しようではありませんか。確固たる意志をもって神とキリストを忍耐強く待ち望むことほど、私たちに謙遜の恵みがどれほど不足しているかを痛感させるものはほかになく、また私たちが探し求めるものを獲得するのにどれほど無力であるかを痛感させるものはほかにないということを。
            (アンドリュー・マーレー「謙遜」より。次回は「⑪謙遜の種」です。)