2022年1月17日月曜日

2022年01月16日 第3主日礼拝 ヨセフの使命 ①

招詞
 私はいのちの限り主に歌い、生きるかぎり私の神をほめ歌います。私の心の思いがみこころにかないますように。私は主を喜びます。               詩篇104篇33~34節

聖書箇所
創世記39章1節~23節

説教
ヨセフの使命 ① 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/422 神を呼ぶ名前(シェム)
 
   初めに、神が天と地を創造した。                   創世記1章1節
  
 神という普通名詞は、ヘブル語でエルですが、聖書ではその複数形エロヒムが、上記天地創造の神の固有名詞です。ヤーヴェも固有名詞で、初めから存在なさる方としての神です。神は、この2つの固有名詞の他、いろいろな名前で呼ばれています。アブラムの前に登場したメルキゼデクという人物は「主」を「いと高き神」(エル・エルヨーン)と紹介しました。それは「すべてを超越した存在者」を意味します。また、神はアブラムに「全能の神」(エル・シャダイ)として現われました。すべての必要を与えることのできる力ある神という意味です。信仰の先輩たちが、いろいろな時代の中で、創造主「主」をいくつかの名前で呼ぶとき、そのようなお方として体験的に知ったからです。頭で知ったのではなく、体験として知ったからです。
ダビデは、詩篇23篇で「主は私の羊飼い」(アドナイ・ローイ)と告白しています。主を「私の羊飼い」(ローイ)と表現しました。それは主にあって、私は乏しいことが何一つない(ロー・エフサール)という告白です。この方にあってすべては満たされていることを意味する「アドナイ・ローイ」。これが、ダビデの生涯の信仰体験を集約した創造主の名前でした。私たちも、「インマヌエルの神さま」と呼ばれたイエスさまを信じて救われ、礼拝しています。イエスにあって、日々祈りの交わりをしている神の民とされていることを感謝して歩みましょう。
                       (銘形「ヘブル語のキーワード」から一部引用)

2022年1月8日土曜日

2022年01月09日 第2主日礼拝 夢見るヨセフ

招詞
 わがたましいよ。主をほめたたえよ。わが神、主よ。あなたはまことに大いなる方。あなたは威厳と威光を身にまとっておられます。あなたは光を衣のようにまとい、天を、幕のように張られます。                                詩篇104篇1~2節

聖書箇所
創世記37章1~36節

説教
夢見るヨセフ 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/421 神の栄光(カヴォドとドクサ)
 
 何をするにも、ただ、神の栄光を現わすようにしなさい。コリント人への手紙第一10章31節

 「栄光」(ヘブル語:カヴォド、ギリシャ語:ゴクサ)とは、「目に見えない神の輝かしい臨在」のことです。旧約聖書に200回、新約聖書には166回使われている最重要語の一つです。
神さまは、稲妻や雷など自然界を通して、またモーセと燃える柴(出3)など超自然的な現象を伴ってご自身の栄光が現わされました。また、人や場所を通してご自身の栄光を表されます。
ある私訳では、「心を込めて熱心に、しかも、喜んで、惜しげもなく、大胆に、自発的に、気前よく、すべてのことをして神の栄光が現わされるようにしなさい」とあります。信じた人にとって、身体と心の所有者は神ご自身です。しかし使用権が私たちに与えられています。病弱であっても、身体の不自由をもっていたとしても、私たちはこの身体をもって神の栄光を現わすことができます。星野富弘さんはその良い例です。彼は体育の教師でした。宙返りをした時に頭から落ちて、首から下が不随になりました。苦しみの中で、寄り添う人々の助けでキリストに出会い、クリスチャンとなりました。一見、身体は不自由に見えるのですが、心は反対に空を飛ぶ鳥のように、自由に生きることができることは、星野さんの詩画集から歴然としています。
私たちの存在を丸ごと受け入れて下さった神の栄光を現わすことが、神の子どもとしての生きる目的です。祈りの生活を通して、ご聖霊の静かな声に耳を傾けるとき、私たちが神の栄光を現わす存在となっていきます。              (銘形「ヘブル語のキ―ワード」より引用)

2022年1月1日土曜日

2022年01月02日 新年礼拝 おめでとうの根拠

招詞
 人、その一生は草のよう。人は咲く、野の花のように。風がそこを過ぎると、それはもはやない。その場所さえもそれを知らない。しかし、主の恵みは、とこしえからとこしえまで、主を恐れる者の上にあり。主の義はその子らの子たちに及ぶ。わがたましいよ、主をほめたたえよ。
                             詩篇103編15~17、22節

聖書箇所
ルカの福音書10章1節~20節

説教
おめでとうの根拠 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/420 ザクロとイスラエル

 あなたの神、主が、あなたを良い地に導き入れようとしておられるからである。そこは、小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろの地、オリーブ油と蜜のある地である。    申命記8章7節

 ザクロは、イスラエルの新年に無くてはならない果物で、国中どこに行ってもザクロの生ジュースのスタンドがあるそうです。9~10月が新年で、ロッシュ・ハシャーナと呼ばれ、丁度ザクロの季節です。
聖書を見ると祭司の衣装や建築の中にもざくろのプレゼンスは高めです。大祭司のローブの一部のデザインだったり、紀元前1000年のソロモン神殿の柱のモチーフに使われました。イスラエルの歴史における重要アイテムがざくろだったことがわかります。
ところで、イスラエルでは、上記申命記の、蜜を除く6つにナツメ椰子を加え、カナン定着時代からの歴史的な7食材と言われます。主なる神さまは、約束通り、40年間の荒野での生活の後、豊かに実る良い地へ導いてくださいました。

2021年12月25日土曜日

2021年12月26日 第4主日礼拝 ナザレのイエス

招詞
 わがたましいよ。主をほめたたえよ。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。 主は、あなたの一生を良いもので満ち足らせる。あなたの若さは、鷲のように、新しくなる。
                                  詩篇103篇2、5節

聖書箇所
マタイの福音書2章1節~23節

説教
ナザレのイエス 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/419 詩篇は小聖書

 神へのいけにえは、砕かれた霊。打たれ、砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。                              詩篇51篇17節

 ルターは、30歳でヴィテッンベルグ大学の神学部教授になった翌年、1513年から2年間にわたって、早朝に週2回、詩篇の講義を持っています。彼が詩篇を選んだ理由は、詩篇が彼の霊的な生活を励まし、慰め、豊かにしたからです。ルターにとって、1517年から始まる宗教改革の嵐の海に乗り出す前の霊的エネルギー充填の時となりました。また、彼は詩篇の中にキリストの意味が明瞭に語られていることを確信していました。彼は、詩篇註解書の序言で、「詩篇は小聖書と呼ばれてもよく、この書ではすべてが最も美しく簡潔に述べられており、かりに人が聖書全部を読むことができなくても、この小冊子にすべてが要約されている。」と述べています。この講義録が、聖書釈義の手本としてやがて歴史的な意味をもつようになります。
詩篇は150篇ありますが、私たちの聖書通読日課に加えることもできます。近未来への霊的エネルギーの充填に用いませんか。           (銘形「詩篇ア・ラ・カルト」から引用)

2021年12月19日日曜日

2021年12月19日 第3主日礼拝 クリスマス礼拝 マリヤの目で見たクリスマス

招詞
 主の戒めはまっすぐで、人の心を喜ばせ、主の仰せは清らかで、人の目を明るくする。主からの恐れはきよく、とこしえまでも変わらない。主のさばきはまことであり、ことごとく正しい。
                                   詩篇19篇8~9節

聖書箇所
ルカの福音書2章1節~21節

説教
マリヤの目で見たクリスマス 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/418 光(フォース)

 やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った。                              マタイの福音書4章16節

 ガリラヤ地方はB.C.723~722年にアッシリア帝国の侵略を受け、その属国となり、住民は捕虜となりました。こうしてガリラヤの住民は家族との離別の悲しみに会い、絶望のどん底にあったのです。このような悲劇の中において、イザヤは神の救いの光を見てこの預言をしたのです。
 このみ言葉は、直接的には、アッシリアに併合されて絶望のどん底にあった民の状態を意味していますが、比喩的には、霊的な暗やみ、霊的な死を意味しています。たとえ表面的にどんな豊かな生活を送ろうとも、キリストとその福音を知らない者はその本質においてはただ暗やみと死の中にあります。そうした人々が「偉大な光」を見ることのできる新しい時代が、すでに来ています。私たちがしなければならないことは、この「光」に背を向けることなく、この「光」を受け入れることです。そして、光の子どもとしてふさわしく歩むことです。イエスは言われました。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」(ヨハネ8:12)                  (銘形「アドベントの瞑想」より引用)

2021年12月11日土曜日

2021年12月12日 アドベント第3週 第2主日礼拝 神の逆転劇

招詞
 心を尽くして私は主に感謝をささげます。あなたの奇しいみわざのすべてを語り告げます。私はあなたを喜び誇ります。いと高き方よ、あなたの御名をほめ歌います。    詩篇9編1~2節

聖書箇所
ルカの福音書1章46節~56節

説教
神の逆転劇 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/417 マリアとヨセフが選ばれた理由

 (マリヤとヨセフは)夢で警告を受けたので、ガリラヤ地方に退いた。そして、ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちを通して「彼はナザレ人と呼ばれる」と語られたことが成就するためであった。                     マタイの福音書2章22~23節

 教会学校の子どもたちから「なぜ、イエスさまの母があのマリアでなければならないのですか」という質問がありました。ヘブル名ミリアムのマリヤは、とても人気のある名前でどの町村にもたくさんのマリヤがおりました。さて、理由は、上記の預言にある通り、イエスさまはナザレ人である必要があったからです。 マリヤはナザレ村の娘だったことはルカの福音書1章でわかります。ヨセフはどうでしょうか。それは、2章で、国勢調査により、二人はすでに結婚していて、ナザレ村からベツレヘムに向かったことから知る事が出来ます。この二人は、ダビデの子孫であることも必要な条件で、これも満たしていました。これらすべては、創世記3章15節から始まった「神の救いのマスタープラン」に沿って、神が計画されたことが実現したというメッセージとなっています。クリスマスの主に感謝!            (銘形「アドベント瞑想」より一部引用)

2021年12月5日日曜日

2021年12月05日 アドベント第2週 第1主日礼拝 聖霊とイエス・キリスト

招詞
 主よ、あなたは、人を御使いよりわずかに欠けがあるものとし、これに栄光と誉れの冠をかぶらせてくださいました。あなたの御手のわざを人に治めさせ、万物を彼の足の下に置かれました。
                                    詩篇8篇5~6節

聖書箇所
ルカの福音書1章26節~38節

説教
聖霊とイエス・キリスト 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/416 ザカリヤの賛歌

 この方、イエス以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。        使徒の働き4章12節

 祭司ザカリヤが、ヨハネの誕生から8日目の命名式の時、聖霊に満たされて語った賛歌をベネディクトゥス(ラテン語:「祝福があるように」の意味)と言われ ます。この賛歌は、大きく二つの部分からなっています。前半は68~75節で、イエスによる罪からの救いについてです。後半は76~79節で、その「救い」を 備えるザカリヤの子、バプテスマのヨハネについての預言があります。ここでは前半だけに言及します。 救いは、罪からの救いです。ルカの福音書19章にはザアカイと言う金持ちで嫌われ者がイエスに会って、罪が示され、富の縛りから解放され、魂が救われるエピソードがあります。自分の力では決して這い出すことの出来ない物欲の泥沼からザアカイは生還しました。私たちも、聖書のみことばを通してイエスに出会い、罪が示されて救いへと導かれた者たちです。 この救いは、私たちの敵サタンからの解放でもあります。すなわち、神による救いを妨げるサタンとその手下である悪霊たちからの解放です。アドベントの期間、ご自身の言動を通して、この敵と戦い勝利なさったイエスに感謝しつつ過ごしたいと思います。 
                        (銘形「アドベントの瞑想」より一部引用)

2021年11月27日土曜日

2021年11月28日 アドベント第1週 第4主日礼拝 メシアとインマヌエル

招詞
 あなたの指のわざであるあなたの天、あなたが整えられた月や星を見るに、人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人の子とはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。                             詩篇8篇3~4節

聖書箇所
マタイ1章18~25節
イザヤ書7章14節

説教
メシアとインマヌエル 田口勇新牧師
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言(こと)ローグ/415 天使ミカエルとガブリエル

 御使いのかしらミカエルは、モーセのからだについて悪魔と論じて言い争っ たとき、ののしってさばきを宣言することはあえてせず、 むしろ 「主があなたをとがめてくださるように」 と言いました。                                ユダの手紙1章9節 
 御使いは彼に答えた。「この私は神の前に立つガブリエルです。あなたに話をし、この良い知らせを伝えるために遣わされたのです。」                ルカの福音1章19節

 聖書には、天使や天の軍団とも呼ばれる天使の群れの他に固有名を持つ天使が二人いて、彼らはミカエルとガブリエルです。
 さて、天使は、第一義的には神に仕え、神の御心を行う使者です。しかし、救いのマスタープランが進むにつれて、人間界との関わりで聖書に現れてきました。ミカエルは、ダニエル書10章とヨハネの黙示録12章に登場し、サタンとの闘いで活躍します。一方、ガブリエルは、ダニエルに幻を悟る知恵を授けます(ダニエル8~9章)。ルカの福音書では、祭司ザカリヤとマリヤに現れて、それぞれバプテスマのヨハネとイエス・キリストの誕生にかかわる予告をしますので、私たちには馴染みがあります。 
 天使が、私たちにどうかかわるのかは神のみぞ知るです。確かなことは、イエス様は、聖霊を遣わして、日々、私たち全てのクリスチャンたちを守り、励ますと約束してくださいましたので、私たちは安心して信仰生活を続けられますね。