招詞
神は、われらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある強き助け。それゆえ、われらは恐れない。たとえ地は変わり、山々が揺れ、海のただ中に移るとも。 詩篇46篇1~2節
図を観察すると、第一の幸いと第八の幸いの理由を示す動詞が現在形であること。そしてそれに囲まれるようにして他の幸いの理由を示す動詞が未来形であることが分かります。これは、「天の御国が近づいた」という福音における「すでに今」と「いまだ」との緊張関係を如実に表しています。すでに今手にできる幸いな現実と、やがて時が来た時に手にできる完全な幸いの約束です。この時制を知るだけでも、ここで語られている幸いとは、叱咤激励したり、私たちの努力で実現できたりするものではないことがわかります。天の御国はすでに近づいています(到着しています)が、その御国の祝福の実現は将来において確実に約束されているのです。イエスを信頼し、約束を信じて、焦らず、心穏やかにみ国の到来を待ち望みつつ現在を進みましょう。 (銘形「幸いな人々」から一部引用)
